夜の煙突

なくしていたと思っていた本が見つかった。

その本は、また買おうとしていたからギリギリセーフ。

ちなみに、「人のセックスを笑うな」は2冊ある。過去に人にあげたことがあるから計3冊買っていることになる。

私は良いなと思った文章の横に線を引きながら本を読むのが好きだ。線を引きながら本を読むと、「おれ、やってるな!」感がたまらない。頭が良くないこそ、そう感じるのだと思う(笑)。

読んでいた本の線を見ると、昔に大事だと思っていたことが、今はそう思わなかったりする。今は、まったく線が引かれていないところに、魅力を感じていたりする。

これは、どういう状態なのだろうか。成長しているのか、退化しているのか。成長であってほしい。

何度も読んだ本

最近、久しぶりに読んでいる本に、山岸俊男「社会的ジレンマ」がある。

この本も線を引いて読んでいたが、やっぱり今線を引きたいところと違うところに線を引いている。訳のわからない興奮したメモが書き殴られていたりする。メモはかなり恥ずかしい。

この本は、買った時はまったく理解できなかった。それでも、なんか重要なことが書いてあるような気がして何回も読んだが、やっぱりまったくわからなかった。

わからないこそ、賢くなってる感があって何度も読んだ。

その後、10年くらいかけて何度も読んだ。2〜3年前に読んだ時は、かなり理解ができて嬉しかった。自分は成長しているんだと思った。

UMA

この本でわかったことがある。

読んだ記憶がないことがたくさん書かれているのだ。

何度も読んだはずなのに、読んだことがないこと、知らないことがたくさん書いてある。

同じ文章を何度も読んでいるのにまったく知らないことが書いてある。

いるのに見えない「スカイフィッシュ」的なものかもしれない。妖怪かもしれない。

違う、そうじゃない

♪違う違うそうじゃそうじゃない 君を逃せない愛は渡せない♪

違うのだ。

正確に言うと、気づいていない。

石黒浩さんのアンドロイド関連の本を読んで興味を持ったことが、「社会的ジレンマ」にはたくさん書いてある。

ものすごくたくさん書いてあるのに気づいていない。

新しく知って興味があると思っていることは、「社会的ジレンマ」を読んいるから、10年くらい前に知っているはず。

昔の私にそれらを受信するアンテナがなかったんだと思う。アンテナがないから受信できない。

知らないから気づけない。

これを行間と言うのだろうか。

いや、違うな。

行間と言うには、はっきり文字で書かれすぎている。そのまま書かれているから行間ではないな。

やっぱり受信するためのアンテナがなかった的なことになると思う。

関連づく

本を読むことはすごく重要なことだとは思う。

考え方や言葉を知ることで新しい概念を知ることができる。

しかし、文字を読んで知識を知るだけでは、大事な何かを見逃してしまう気がする。

私の今の考えでは、「深く考える」ことが必要なんだと思っている。深く考えることで考えや知識が関連づいていくのだと思う。

脳のニューロンやWebのネットワークのようにどんどん繋がっていく。そして、ネットワークが拡がることで処理能力が高くなってゆき、さらに関連づいていく。

とは言っても、自分自身では関連づいている実感がまったく持てないのが嫌だな。もっとわかりやすく「賢くなってる感」がほしい!

どんどん広がって繋がっていって、ある時、ふと振り返るとそのつながりが見渡せるのだろうか。

とか書いていたら、森高千里とカーネーションの『夜の煙突』を思い出した。

はしごをのぼる途中で
ふりかえると僕の家の灯りが見える

カーネーション『夜の煙突』

このブログ、どうやってまとめようかと悩んでたけど、これかも。

「はしごを登る途中で、振り返るとまちの明かりが見える」

はしごを登ってる途中は目の前しか見えないが、振り返るとまちの明かりが見える。まちは、脳のニューロンようであり、Webのようである。

この歌詞もずっと意味がわからなかったけど、そういうことかもしれない。

夜の煙突

スポンサーリンク
スポンサーリンク
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。