アウトプットは「量」を意識する

アウトプットが大事だと最近つくづく思う。

インプットのことはあまり考えなくて良いんじゃないかと思うくらい。

しかし、アウトプットは難しい。

大人になるとインプットに精を出している人をよく見かける。

けど、インプットしたものが、そのままアウトプットになるわけではないと思っている。

なんとなくインプットをしている人も多いと思う。

ほとんどの人はいつか素晴らしいアウトプットができるようになりたいからインプットをがんばっているでしょう。

セミナーやワークショップに行って、事例を聞いたり、具体的なやり方を聞いたり、哲学を聞いたり、、、。

そういう場で聞く話は、うまくまとめられているから聞いている人も「何かできるんではないか」と思わせてくれる。

インプットはアウトプットにならない

インプットはそのままアウトプットにならない。

インプットが勝手にアウトプットに変化するわけではない。

スポーツや楽器と同じだと思う。

ワールドカップを観ていたらサッカーがうまくなったとか、オリンピックを見ていたら100メートルを9秒で走っていたとか、毎日ライブDVDを見ていたらギターが弾けるようになっていたとか、そんなことはない。

本物触れる機会は多い。

YoutubeでもVimeoでもたくさんの本物にすぐに触れることができる。

だからと言って、観ている人が本物になるわけではない。

アウトプットの量

人に喜んでもらうようなアウトプット、誰かの課題を解決するアウトプットはどうしたらできるのだろうか?

アウトプットをし続けるしかないと思っている。

スポーツや楽器のように毎日毎日何時間も練習して、やっと満足できるようなアウトプットにたどり着くんだと思う。

アウトプットをたくさんすることで、アウトプットの質が高くなっていくのだと思っている。

質か?量か?

アウトプットは、「量か?質か?」みたいな議論はたまに見かける。

「やみくもにアウトプットをしていても質は上がらない」的な話はよく聞く。

私自身も昔からよく考えていた。

一応、デザイナーという職業だから、自分の能力をアップさせるには「量か?質か?」という問いはずっと持っていた。

安い仕事はそれなりに

制作の現場では、安い仕事はテキトウにして高い仕事はがんばろう、ということが当然な感じで共有されている。

「受注金額が安かったらそれなりの質で良い」ということだ。1万円の仕事は1万円なりで、100万円の仕事は100万円なりで取り組む。

もちろん、このような会社は良い仕事はしていない。

けど、私はずっとこれが当然だと思っていた。

劣化していく

しかし、なんだか自分がどんどんダメになっている感じがしていた。

1年とか2年とか短い期間ではそうは思わないが、10年間くらいで見ると自分が劣化しているように思っていた。

実際、劣化している。

昔の方がデザイナーとして良かった。

質の調整は自分をダメにする

何が原因で劣化するのか?

それは、質の調整だと思う。

質の調整は絶対にやってはいけないことだと今は理解している。

質は常に100%を目指さないといけない。

質を調整するということは、100%のチカラを出さないということだ。

ずっと80%の能力しか使っていなかったら、80%の能力しか出せない人になってしまう。

「意識すれば100%は出せる」と思ってしまうが、100%の能力を使い切るのは訓練が必要だ。

1回や2回であれば問題ないだろう。

しかし、10年もそれをやってしまうと確実にダメになる。

私は完全にダメになってしまった。

「量」を増やす

常に100%の能力を使い切る訓練が必要だと思う。

質は常に100%で考える。

意識するのは、アウトプットの量。

「質」を100%で考えて、「量」を増やす。

質が100%にならなかったり、量が生み出せない時に、インプットをする。

自分には何が必要かを理解した上でインプットをする。

そうすると、インプットはアウトプットに直結する。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。