他者の反応を、自分の変化に利用する

こんにちは、はまじまです。私はメモにブログを使っている。メモはブログに残す方がいいんじゃないかと最近思う。

もちろんちょっとしたキーワードや日々のタスクはスマホのメモでいいと思う。メモをする理由としては、メモしたことを忘れてしまって別のことを考えるためだと思っている。

しかし、メモをした後、本気の本気で忘れてしまって何もなかったことになってしまうことが多い。メモしたこと自体が無駄だったんじゃないかと思ってしまう。

ちなみに、私はiPhoneのメモアプリにメモを残しているのだが、そのメモは今や700を超えてしまっている。

ただ残すだけにしないように定期的に見返したりはしている。

しかし、キーワードだけのメモだった場合、前後の文脈がわからないからよくわからない。その場合、ただ書き残しただけの状態だ。

 思考の道筋

そうならないようにするためには、やっぱりメモをしようとした時にちゃんと考えるのがいいと思う。

記録のメモではなく、思考をしてその思考の道筋を残すのが良いと感じるようになった。

特に、哲学的であったり、仕事について思うことはブログの方がいい。キーワードは思いついたけど、言語化が難しいようなこと。

きっかけ

最近ブログをできるだけ毎日書くようにしている。

毎日書くとなったらだいたいネタ不足になる。ブログのネタなんて1週間で尽きる。

そう、ネタ不足にはメモが大活躍する。

ブログを書くために無理やりキーワードだけのメモを膨らませる。

足りない部分はネットで調べて埋め合わせる。自分の持っている本に似たようなことがあれば読む。ブログを書くために本を買ったりもする

なんか、ちょっと賢くなった気がしてくる。

ぼんやりと考えていたことを無理矢理にでもブログにまとめていく。まとめようとするからちょっとしたネタでも組み立てて構造化して考える。

だから、ちょっと賢くなった気になる。

そして、ブログを書いているうちに、さらなる疑問が出てきたりして、それも次のブログのネタになる

ここからが本番

ここからがこのブログの本番。

無理やり膨らませたようなブログであっても、検索して見にきてくれる人がいる。なんとなく見にきた人だろうと思うが読んでくれている。

それは、ブログを書いてから1ヶ月後とか、3ヶ月後とか、長いと1年後とか経った後のこともある。

そのブログを見てくれた人からコメントがくるわけではないし、メールをくれるわけではない。

アクセス管理ツールにデータが残る。どこのだれか知らない誰かの足跡が残っているのである。

読んでくれたことが嬉しい。本当にありがとう!という感じ。

しかし、嬉しいことが重要ではない。

何が良いかというと、そのブログ記事のことを自分自身が改めて考えることができるのだ。

もちろん、1年くらい経っていると何を書いたのかは忘れている。

しかし、読むと思い出す。

ブログの内容は納得したり、まだまだ浅いなとか、昔のほうが賢いのかも、とか思う。その振り返りが良い。

「GO WILD」にある「新しい変化に着目する」という状態だと思う

またランガーは、プロの音楽家を募って2グループに分け、ありふれた曲を演奏してもらったが、1グループにはベストの演奏をしてくださいとだけ指示し、もういっぽうには自分たちにしかわからない微妙なアレンジを加えて演奏するよう指示した。聴衆は後者の演奏のほうを高く評価した。その後の実験で、ランガーはセールスマンに対し、お決まりの宣伝文句を並べるのではなく毎回それを変えさせた。すると、売上が大いにアップした。

なぜそうなったのか

彼女はそれらの実験で被験者に瞑想を教えたわけではないが、「新しい変化に着目する」方法を教えている。変化に着目すること、まさにそれが肝心なのだ。進化が狩猟採集民に与えた生き残るための方策も「新しい変化に着目すること」だった。

新しい変化に着目することは、人を進化させる。

かなり微妙な変化だが、確実に変わる。

自分で自分の変化に気づくことができる。

その変化を基にさらなる気づきが生まれる。

ブログがこの状態を作るのに良いツールだと感じる。

ブログでなくても文書管理ツールであれば良いんじゃないかと思うかもしれない。しかし、重要なのは他者の反応なのだ。

他者からの反応は強烈なのである。

そのブログの内容がどんなのだったかな、満足してくれたかな、とか思うので真剣に振り返るのである。

その他者からの反応に背中を押してもらって、自分はさらに遠くに飛ぶのである。

充電

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