ほんとのことが知りたくて

フリッパーズ・ギターの歌詞にある「ほんとのことが知りたくて嘘っぱちの中旅に出る」。私も若い時は同じように「ほんとのことが知りた」かった。フリッパーズ・ギターに影響されていたのかもしれない。

けど、本当のことは知ることができなくなっているみたい。いや、そもそも本当のことはないのかもしれない。「ほんとのこと」とは、本当だと自分が思っていることが本当であって、実際に「ほんとのこと」はないように思える。

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Post Truth

最近、Wiredに出ていた「Post Truth」はその状態の新しい言葉。下記の記事でそのことを説明している。

“post-truth”の時代の始まり

米大統領選におけるトランプ当選をドライヴしたひとつの要素として、ソーシャルメディアを中心に拡散された「フェイクニュース」の存在がいま、議論されている。アクセス数稼ぎに「最適」だと判断されただけで「トランプ支持」支持を掲げた、「非当事者」の声

人は信じたい

「Post Truth」の記事を見て、なるほどなぁ〜と思っていると、近い内容のことが目に入り始めた。

中野信子さんの『サイコパス』でも私の中の「Post Truth」を補強するような文章があった。

自分が騙されていることがわかったり、犠牲者の存在が明らかになったりしても信者であり続けるー不思議な話だと思いませんか?
実は、人間の脳は、「信じる方が気持ちいい」のです。これもまた、集団を形成・維持する機能の一つと言えるかもしれません。
人間の脳は、自分で判断をおこなうことが負担で、それを苦痛に感じるという特徴を持っています。これは認知不可と呼ばれるものです。

中野信子「サイコパス」より

『人間の脳は、自分で判断を行なうことが負担』なのは、そうなんだろうなと思う。

ネットが情報がインフラになってから、自分の判断ではこなせない量の情報が入ってきている。「SNS疲れ」なんかは、大量の情報を自分で判断しなければいけないことも原因じゃないかと思う。主な原因はコミュニケーション過多だと思うけど。

疲れていてもいなくても最近は常に情報が入ってきてしまう。そうすると、情報に対して受け身にならざるおえないし、受け入れたほうが楽になる。そんなときはデマ情報であっても信じてしまうのだろう。信じたほうが楽だから。

参考リンク

米大統領選で大きな注目を浴びた偽ニュース。ようやくFacebookは対策に乗り出す。だが、その効果は? 中立性に問題は?
虚偽ニュースは何年も前から存在する悩ましい問題だ。最近ではマイクロソフトが大手セキュリティ企業にテレメトリー情報を提供するという嘘のニュースが流布された。このような記事はどのようにして広まるのだろうか。
うその情報や虚偽ニュースは、インターネット誕生とほぼ同時に発生した問題だ。どうすれば見抜けるだろうか。

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