非不良なLIFE

小沢健二が復活したのはやっぱり嬉しい。

曲は普通に良いと思ったけど、これから何度も聴いてから「良い」か「悪い」かはわかってくるだろう。

「LIFE」は最初に聴いたときよりも聴き込んでからの方が良かった。

最初に「LIFE」を聴いた時はあまりにも小沢健二のキャラクターが前に出ている気がして過激すぎる気がしたが、聴き込んでいくと印象が変わっていった。

非不良

私は小沢健二との出会いはけっこう早かった。

当時、『Pee Wee』というソニーが出している音楽とファッションが一緒になったような雑誌があった。私は、その雑誌が好きでよく読んでいた。

そこに、「男の子の部屋特集」みたいなのがあって、そこに「かっこいい東大生」の部屋という感じで小沢健二が出ていた。もちろん、その部屋にはグレッチのギターも置いてあった。そのグレッチを見るために何度もそのページを見たのでよく覚えていた。

私は、大阪のはしっこの田舎に住んでいたので、「東京というのは東大生もバンドをするんだー!」と驚いていた。というのも、当時は中学生くらいだったがバンドというのは不良がやるものだと思っていたから(笑)。

その特集ページのコメント欄に、「メジャーデビューする予定」と書いてあって、それがフリッパーズ・ギターのことだったと思う。

スタイル

その後は、特にフリッパーズギターに夢中になっていなかった。全歌詞が英語だったし、海外で初ライブ的な感じで紹介されていたので、なんとなく自分と関係ない感じがしてた。

しかし、NHKの音楽番組で「カメラ!カメラ!カメラ!」でその演奏する姿を観て夢中になり、すぐにすべての音源を揃えた。

その「非不良」な感じが本当にかっこよかった。

私は音楽が大好きだったが、当時の多くのバンドが採用していた「不良」な感じが本当に嫌だった。ダサイと思ってた。不良が言うことは、「学校が嫌い」程度なので共感しづらい。

それがフリッパーズギターにはなかった。

ハンチング帽をかぶって、マフラーして、黄色いシャツをジーンズにインしている。バックバンドは全員女子で、その歌詞は「カメラの中3秒間だけ僕らは突然恋をする」という世界観。

本当にかっこいいと思った。

ギター

その時の小沢健二のギターが特にかっこよかった。

グレッチのギターをかき鳴らし、アルペジオで高揚していく感じ。それは当時の私は聴いたことがないものだった。もちろん、他のバンドのように痛い顔して、怖い顔してギターソロは弾かない。

フリッパーズ・ギターのバンドスコアを買ってコピーしても難しすぎて弾けないし、グレッチのギターを買いたいと思って楽器屋さんに行ったら、軽く20万円は超えていた。

当時の私は、何をしても小沢健二に近づかない。憧れだけが強くなっていく。そうこうしているうちに、私の中でギターと言えば、小沢健二というふうになっていった。

ソロ

その後、フリッパーズ・ギターはすぐに解散して、小沢健二はソロになった。

小沢健二はギタリストと言う感じではなくなってしまった。小山田圭吾の方がギタリストの色が強くなっていった。コーネリアス「Heavy Metal Thunder」のギターは最高だった。

最初に書いたように、『LIFE』は最高だったがそれほど好きなアーティストではなくなっていった。どちらかというと、小山田圭吾の方が好きでコーネリアスはすべての作品を購入して聴いていた。

そして、小沢健二の「非不良」な部分は電気グルーヴで解消されるようになっていった。

最近、小沢健二は歌詞が深いと知った。

小沢健二の歌詞が語られる時に出てくるの樋口毅宏「さらば雑司が谷」が有名だ。この小説に出てくるような解釈をしながら聴くと、小沢健二は本当に楽しいと思う。

ごっそり引用してみる。

「あんたら、『さよならなんて云えないよ』の歌詞をよく読んでみな」

「知らん、そんな曲」

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、”左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わない人間が!まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分にはあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる?マイルスに憧れてトランペッターを目指すも、先輩から『おまでのラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔をしているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて?いるんなら教えてちょうだい。さあさあさあ」

ウメ吉が舌打ちをする。タモリが言うならしょうがねえかといった表情だ。

「あれはどういう意味だ。”嫌になるほど続く教会通りの坂降りて行く”ってのは」

(中略)

「”教会通りの坂”は神に定められた私たちの人生のこと。それが”嫌になるほど続く”と思っていた歌の中の主人公が、”左へカーブを曲がると、光る海”、つまり、産み。生を肯定して、”この瞬間は続くと、いつでも”って自己回復していくの」

深い。

実際の「笑っていいとも」のやりとりを見ると、小沢健二は否定しないから、この小説に書かれているような解釈で良いのだろう。

私は最近まで、音楽に歌詞はそれほど必要ないと思っていたから、新しい視点だったし、さらに音楽を楽しめるようになった。

興味があるなしに関わらず、小沢健二は注目していたほうがいいアーティストなんだと思う。

ちなみに

ちなみに、「非不良」についてはフリッパーズ・ギターの二人も電気グルーヴも、当時の私が幼すぎてわかっていなかっただけで大人になって振り返るとかなりの「不良」だった。

今当時の映像を見ると、彼らの考えや発言は「不良」だった。

「学校が嫌い」みたいな、なんとなくの反権力ではなく世界中のカルチャーを理解した発言が多い。おそらく世界中の音楽を聴いたり、文化を知ることで、単純な思想や哲学に流れなかったのだろう。

非不良なLIFE

スポンサーリンク
スポンサーリンク
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。