名前を付ける

この前、仕事の時に、普段自分たちの中で使っている単語をなんの意識もせずに使ってしまった。そして、誤解を与えてしまい、相手を困らせてしまった。

自分の生きている世界がすべてだと勘違いしてしまっているのだろう、と反省した。

もっと普段からいろんな世界の人とコミュニケーションをとったほうがいいんだけど、なかなか、、、ね。

しかし、普段からいろんな人と会っていたとしても、仕事の場での言葉の使い方は気をつけたほうがいいなと思う。

何度も使う言葉や抽象的な言葉はしっかりと定義してから話し始めるべきだと、実感した。

このブログも言葉の定義をしてから本題に入るべきなんだけど、面倒臭く感じてしまう。

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定義とは

ちなみに、「定義」を調べるとこんな感じ。

[名](スル)
1 物事の意味・内容を他と区別できるように、言葉で明確に限定すること。「敬語の用法を―する」
2 論理学で、概念の内包を明瞭にし、その外延を確定すること。通常、その概念が属する最も近い類と種差を挙げることによってできる。
デジタル大辞泉

「その概念が属する最も近い類と種差を挙げることによってできる。」の部分が興味深い。定義は、私が考えていたよりも簡単にできるのかも。

ウィキペディアではこんな感じ。

定義(ていぎ、英語: definition)は、一般にコミュニケーションを円滑に行うために、ある言葉の正確な意味や用法について、人々の間で共通認識を抱くために行われる作業。一般的にそれは「○○とは・・・・・である」という言い換えの形で行われる。基本的に定義が決められる場合は1つである。これは、複数の場合、矛盾が生じるからである。

ウィキペディアでは、完全にコミュニケーションのための「定義」になってる。定義しないと矛盾が生じると書いてある。私の事例がそうだろう。

WIREDのサイエンス特集で、下記のような言葉(名言)があった。

真理というものは、ただひとつしかないのではなくて、
ある枠組みのなかで、初めて定義される

ただやみくもに定義するのではなく、何をするための定義かを決めないといけないのだろう。

名前を付ける

最近、『さらば雑司が谷』で知られる樋口毅宏『タモリ論』と古谷経衡『「意識高い系」の研究』を読んだ。

この2冊のタイトルの言葉は昔からあった言葉じゃない。「タモリ論」なんてもちろんなかったし、「意識高い系」もこの5年くらいにできた言葉だ。

「意識高い系」は、私も大学生の一部が同じような考え方や活動をしていることには気づいていたが、こんなぴったりな名前を付けることはできなかった。名前が付いて、さらに常見陽平さんが『「意識高い系」という病』でわかりやすくしてくれた。

私もこういう今までなかった感覚や状態を定義し、新しい名前をつけてみんなが論じるようなことができるようになりたいなと思う。

今の文化(カルチャー)をしっかり定義して名前をつけて、それを後に伝える。そんな仕事ができるといいなと思う。

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