それは「机上の空論」なのか

少し前、地方で活動している30代前半の男子と地域活性化の取り組みの計画をしていた。

彼とのやり取りの中で、どうしても理解してもらえないことがあった。それは、「方向性や計画、コンセプトを決めること」だ。

私は、彼とその地域に縁があったので、私のチカラでなんとかできるものなら、なんとかしたいと思っていた。しかし、私は報酬があるわけではなかったので、何の方向性もない状態で動くのはどうしても嫌だった。

だから、方向性や計画を作りテキストにしてまとめておきたかった。しかし、彼は方向性や計画について議論をしようとすると面倒臭がるのである。

「行動しましょうよ。」という感じになる。

おそらく、私の態度を「机上の空論」しか言っていないと思ったのだろう。私も「机上の空論」になっているのかもしれない、とちょっと後ろめたい気持ちがあった。

自分が「口だけおっさん」になっているような変な申し訳なさがあった。しかし、議論や計画はあったほうが絶対良いという気持ちも強くあった。

「机上の空論」とは

調べてみると。

机上の空論とは、頭の中だけで考えられた、実際には役立たない議論や計画のたとえ。

(注釈)机の上で立てただけの空しい理論という意味から、実際には役に立たない実現性の薄い理論のこと。

故事ことわざ辞典「机上の空論

「机上の空論」の意味を、私は勘違いしていたようだ。「話だけで行動しない」と勘違いして覚えてしまっていた。

「話だけで行動しない」ではなく、行動する前に行われる議論の内容の話。役に立つ議論と役に立たない議論の後者のことを言うようだ。

なぜか二択で覚えてしまっていた

私は、「議論」と「行動」のどちらかを二択で選ぶ、というニュアンスで覚えてしまっていた。

いや、意味はわかっていたかもしれないが、生活の中では二択で考えてしまっていたように感じる。

「机上の空論」は議論の中身を言っているのに、議論自体がダメになっていた。議論することがダメなんだと。空論かそうではないかの意味がなくなってしまっている。「すべての議論は空論」だと思っていても言い過ぎではないくらいの考え方だった。

方向も決めずに、ただ走り出すだけの活動になってしまう。恐ろしい。失敗が待っている。

「行動だけ」では何もない

議論も計画もなく、何の目的もなく行動をはじめることなんてないよ、と思う人が多いかもしれない。しかし、現実にはそんな活動は多い。

それらの活動は、何を元に動き出すのかというと、ネットで見た「良い話」や「成功体験インタビューの記事」をなんとなく参考にして、活動の原動力にしている。

あ、これを「机上の空論」というのか(笑)。

議論は中身が大切

「机上の空論」で言っていることは、議論の中身のこと。ただ議論をすればいいというわけでもない。

最近、渋沢栄一「論語と算盤」を教えてもらった。最初にある「格言五則」の1つにこうある。

言は多きに務めず。其の謂う所を審かにするに務む。

(訳)言葉は多ければよいものではない。その趣旨を明らかにすることが大切。

渋沢栄一「論語と算盤」

議論が空論にしないためには「趣旨」が必要。空論になるのは趣旨がない。

言葉の意味

何が言いたいのかというと、言葉の意味(ここでの「机上の空論」)は重要だなと言うこと。

最近好きな本の「人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか」にこう書いてある。

言葉が先にある。話をするから意識が生まれる。必ずしも、意識があるから話をするわけではない。だから、最初は意味を伴わなくてもいいんです。(池上高志+石黒浩「人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか」)

本当にこう感じている。言葉が意識を作る。

最初に言葉が先にくることがある。だから、言葉の理解をしっかりしないと意識も変わってしまう。変わるのはいいと思うが、間違っているのはヤバイ。

この「机上の空論」も間違っているままだと、議論の中身の重要性の理解が浅かったままかもしれない。

改めて、言葉の意味をしっかり理解するのは大切だと感じた。言葉が自分の考えを作ることを肝に銘じねば。

あと、言葉が意識を作るなら、言葉をたくさん知ると意識が増えるということだから、本を読むのは重要だな。

机

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