君のターン

最近、区の施設にあるプールで、週2〜3回くらい泳いでいる。定期的に筋肉を使っていないと、頭がぼんやりしてしまうのでがんばって通ってる。

そのプールで、昨日、ものすごく品のあるターンをする女性がいた。

スタート地点で休憩していると驚くほど静かなクロールで近づいてきたと思ってたら、水しぶき一つ立てずにターンして向こうに泳いでいく。音のない世界のよう。

「そんなターンあるかーい!」って思っているでしょう。そう思うでしょう。しかし、そんなターンがあるんです。あったんです。

太宰治の『斜陽』を思い出す。

スウプのいただきかたにしても、私たちなら、お皿の上にすこしうつむき、そうしてスプウンを横に持ってスウプを掬い、スプウンを横にしたまま口元に運んでいただくのだけれども、お母さまは左手のお指を軽くテーブルの縁にかけて、上体をかがめることも無く、お顔をしゃんと挙げて、お皿をろくに見もせずにスプウンを横にしてさっと掬って、それから、燕のように、とでも形容したいくらいに軽く鮮やかにスプウンをお口と直角になるように持ち運んで、スプウンの尖端から、スウプをお唇のあいだに流し込むのである。そうして、無心そうにあちこち傍見などなさりながら、ひらりひらりと、まるで小さな翼のようにスプウンをあつかい、スウプを一滴もおこぼしになる事も無いし、吸う音もお皿の音も、ちっともお立てにならぬのだ。それは所謂正式礼法にかなったいただき方では無いかも知れないけれども、私の目には、とても可愛らしく、それこそほんものみたいに見える。(太宰治『斜陽』)

こういう人はいるんだと思う。ナチュラルボーン「上品」。

何をしても上品になる。そういう人は例えクロールからのターンであっても上品になる。私もこうなりたいとは思うけど、これを目指すのは無理がある。

私は何でも努力すればある程度はうまくなると思っているのだが、「上品」については生まれつきというのが関係していると感じてる。

自分はなれないから、そういう人を見て、上品になった気分を味わうのでいい。

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