「ご飯少なめで」では君は変わらない

こんにちは、はまじまです。今日の昼はランチのトンカツ屋さんへ。

そのトンカツ屋は、昼の時間は過ぎていたのに満員であった。味が良いのに、値段が690円と言うのが人気の理由であろう。

カウンターだけの店なので、席が空くまで外で待っていようかと思った。

すると、「奥の席にどうぞ〜」と声をかけられた。

満員だと思ったが席は空いていたようだ。

しかし、席が空いていないと思ったのは間違いではなかった。すごく狭かった。

いや、席の間が狭いのではない。私の左隣の会社員らしき人が大きいから席が狭くなっていたらしい。

その大きな人は、全体に大きいのもあるが、腹回りが特に大きかった。いわゆる、「浮き輪」状態である。

会社の同僚らしき人と3人できているらしかった。上司と思われる高齢の男性、同僚らしき女性と一緒だ。

ちなみに、大きな男性と女性の年齢は40才前後だと思う。

ご飯少なめで

最初、浮き輪は一人できているのだと思っていた。

女性と上司は話をしていたが、浮き輪はずっと黙っていた。

トンカツが運ばれてくる際、お店の人が女性に向かって「ご飯は普通でいいですか?」と訊ねた。

それに合わせて「あ、おれは少なめで」と言って、女性が「なんで?」と言い返したので一緒のグループなんだとわかった。

女性が「なんで?」とクールに言い放った時、お店や私を含めてちょっと変な間があった。

「浮き輪を作っているやつが「少なめ」ってなんだよ」という心の中のツッコミ分の間だ。

少なめの「め」

少なめの「め」はいったい何なんだ。

もちろん、ダイエットだろう。それしかない。

しかし、本気のダイエットであれば「ご飯半分で」「ご飯はいりません」や、そもそもランチを食べなければいい。

「め」に弱さが出てる。

「め」は、ご飯をよそぐ人にゆだねすぎてる。多い場合も、「俺は少なめって言ったからね」と逃げ道を用意している。

少なめとは何を基準にしているのか。

そこのトンカツ屋さんのご飯の量はかなり多かった。「少なめ」であっても普通より多い。

少なめにしたところで、浮き輪は微動だにしない。浮き輪は減らない。

お店の人も困る

ご飯をよそうお店の人も困っていた。

彼らにご飯が出された時、私は驚いた。山盛りなのだ。

私も少なめで言ったほうがいいのだろうかと思い、女性と上司のご飯を見た。

浮き輪の少なめと同じか、浮き輪よりも少ない量であった。

トンカツ屋さんは客商売だ。客に満足してもらいたいのだ。

その気持ちの大きさは、浮き輪ががなんとなく言ってる「ご飯少なめで」という小さな覚悟ではびくともしない。

私のご飯も出てきて、「ご飯少なめ」の基準がどこにあるのかがわかった。

新発見

これは新しい発見なのかもしれない。

女性、上司、私のご飯の量はほぼ同じであった。

浮き輪のごはんが一番多かった。「少なめの」とオーダーしたのに一番多かった。

ご飯の量は食べる人の身体で決定されるのだ。

量が決まっている全国チェーン店ではそうはならないだろうが、小さな街のトンカツ屋は客に満足してほしいから、その人にあわせてご飯を盛るのだ。

経験に基づき、客が満足してくれるであろう量を盛るのだ。

ご飯の量は、身体に相対する。

浮き輪を作っている人の少なめは、普通の人よりも多い。

「ご飯少なめで」では君は変わらないのだ。

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