本を読む?スマホを見てる?

今、「サピエンス全史」を読んでる。ハマってる。

なぜ、「サピエンス全史」を読み出したのか。本の題名は面白くなさそうで、普段の私なら絶対に読まない。しかし、テレビか何かで紹介されていて興味を持った。

テレビでどういう風に紹介されていたのか忘れたが、アマゾンでのこの本の宣伝文句はこんな感じ。

国家、貨幣、企業……虚構が他人との協力を可能にし、文明をもたらした!ではその文明は、人類を幸福にしたのだろうか?

これは!今私が考えていることを後押ししてくれる内容。「虚構が他人との協力を可能にし、文明をもたらした」なんて、今の私にはどストライク。

この本は上下巻でおそらく分厚い。けど、私はiPhoneでKindleで読んでいるから物質としての本の実感はない。本と言っても、いつものスマホだ。

ものすごく集中して読んでいるとき、肩をすぼめてiPhoneに顔を近づけて人差し指で右に画面を弾いている。それを、私は「本を読む」と言う。

しかし、「本を読む」というには抵抗があるし、違和感がある。けど、「サピエンス全史」って本をスマホで見てるんだよね、というともっと変だ。そうなると、メールを見たり、FacebookやTwitterを見るのも、日刊スパでゴシップを見るのも、すべて「スマホを見ている」になってしまう。

けど、雑誌を読むことは、本を読むとは言わない。ちゃんと「雑誌を読む(見る)」という。マンガもそうだし、エロ本なんてかなり詳細に分類されて表現している。紙であれば分類は可能のようだ。

あ、「Kindleを読んでいる」でいいのか。いや、これもかなりの違和感たっぷりだ。しばらくは「本を読んでる」だな。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク
スポンサーリンク
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。