ぼんやり起業は机上での仕組みづくりから始めるのだ

こんにちは、はまじまです。「ぼんやり起業」とは、ぼんやりと考え始めて起業してみようという個人プロジェクト。

ぼんやり起業でこだわりたい点がある。

必ず「机上」から始まることだ。「机上の空論」の机上だ。

とにかくスタートは「机上」であることにこだわりたい。

今は、机上をやたらと嫌う人が多い。「まず、動こうよ!」「動いて考えよう」ということを言う人が多い。

私もずっと「机上」を否定してきた。

私は20代はびっしりブラック企業で過ごて、そこではとにかく行動することが良しとされたので机上には拒否感がある。

また、NPOを起ち上げる時は、机上の人にごちゃごちゃ言われた経験が多かったので机上が嫌いになったのかもしれない。

もちろん、考えすぎて動けなくなるのは避けたいことである。そして、動いているだけで考えなくなるのもイヤだ。

どちらも正しくて必要

ここまで読んでいただくとあることに気づくと思う。

それは、考えることと動くことの二択になっていて、どっちかが正しくてどっちかが正しくないとなっていること。

この二択状態が一番正しくないことなんだと思う。

どう考えても、考えることも動くことも正しいことだ。

どっちも正しいのに、どっちかを否定しようとしているから、ややこしいのだ。議論が発展しないのだ。

この二択に絞ってやっていくのであれば、対処は簡単だ。

考えすぎて動けなくなったら、「あぁー、動けてない!」と反省して後悔して動けばいい。

動いているだけで考えていないなら、ちょっと休んで本でも読めばいい。

この2つは結局大したことがない。

仕組みをつくる

大事なことは、考えながら動ける、動きながら考えれる仕組みをつくることだ。考えるのと動くのがうまく噛み合う仕組みをつくる。

しかし、その仕組みに意識を向けることは難しい。

私の場合、かなり意識しないと仕組みづくりに意識が向かない。

考え込んでは「あぁ、動かないとダメだ!」と思い、動いているだけになって「あぁ、考えないとダメだ!」と思うことの往復運動である。

ただ動くだけと、ただ考えるだけは両方とも主観的な世界だと思う。

対して、仕組みを作る作業は客観的な作業になる。

これが、ツライのである。

何がツライのか。

仕組みはすべてが連動している

仕組みは連動している。

「考えたこと」と「動いたこと」が連動しているのが仕組みである。仕組みを作ることは、すべてを連動することである。

考えたことを動きに変えた結果、考えたことは成果に結びついたのか。

それを、自分自身で評価しなければいけない。

自分では素晴らしいアイデアだと思っていたことに対して、自分自身で「机上の空論だったねw」と評価をするのだ。

これは想像以上にツライ。

パワハラ気味に全否定される方がまだ良いかもしれない。「あいつはわかっていない」とか文句を言えば多少ツラさが解消されるからだ。

客観世界よ、こんにちは

この客観世界がツライのである。

自分の未来も過去もただただ客観的に眺めることになる。

ただ静かに自分を見つめないといけない。

よく考えてみると、世の中で優秀だと言われている人たちは、この客観作業がうまい気がする。

もちろんツライ作業ではあると思うが、成果を出すために踏ん張っているのだろう。だから優秀なのだ。

新しい仕組みをつくる

この客観作業が、仕組みづくりであり、経営なのだろうと思う。

スタートアップ的な新しいことを生み出す起業をするということは、この仕組みが新しくなければいけないのだと思う。

どんな新しいアイデアであっても、古い仕組みに乗せて実行すると出来上がりは既存のものになってしまう。それは、この5年間くらいの経験でわかってきた。

新しい仕組みをつくる。

仕組みをつくるだけで、これだけツライことの連続なのに、新しい仕組みはさらにツライだろう。

「超」客観世界が広がっているだろうと思う。

けど、それをやる必要がある。

机上でもその仕組みづくりまで踏み込んで考えることができれば、机上の空論にはならないだろう。

そして、机上であっても客観的に自分に向き合って、その上で仕組みづくりがしっかりできれば、最終的には動きたくてたまらなくなっているんだと思う。

階段空

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