ブログのターゲットは自分

2016年11月くらいからブログを毎日くらい書いてる。できるだけ毎日。今までブログはずっと続かなかったけど、今後は続けれるように思う。たぶん。

なぜ、書けそうに思うのか?

それは、ブログについての考え方を変えたから。

今までは、ブログを書くならアクセス数がたくさんあって、広告を貼ってそれで儲けるのがよいみたいな思い込みがあった。明確にそうは思ってなかったが、なんとなくそうであるべきだと思っていたように思う。

良いブログは何か

良いブログを書こうと思ってブログについて検索してみると、ブログのアクセスを上げるための方法がたくさん出てくる。検索エンジン対策、検索の1ページ目に出るための書き方、その内容。Googleが作った枠に「自分の伝えたいこと」を合わせていく方法。

ここで良くないことが起こる。「自分の伝えたいこと」があれば、それを伝えるためにGoogleの枠に合わせるのはいいことだと思う。より伝えたいことを拡げるためには必要。

がんばってブログを書いて「自分の伝えたいこと」が伝わると、さらにもっと拡めたいと思い出す。そう考えるのは当然だし、悪いことではない。

しかし、広めたいと思いすぎると「自分の伝えたいこと」は少しずつ薄まっていく。広めるためには、「自分の伝えたいこと」よりもGoogleの枠に合わせることの方が優先順位は高い。

最終的には、「自分の伝えたいこと」がなくなっていってしまう。

私はそんな状態では続けることができないことがよくわかった。そんな文章を書いていても、ワクワクドキドキしない。時間を無駄にしている感がすごいのである。

ブログの書き方とか、検索して上位に出てくる記事はすごくわかりやすいので、自分にもできるような気がしてくる。そして、実際にできてしまったりする。

だから、たくさんのアクセスを集めて、お金を稼ごうというメッセージに影響されてしまう。そんなことに影響されないと思っていたが、たくさんの記事を見て思い込んでしまっていた。
最近の流行りの言葉で言えば、「呪い」にかかっていた

DeNAのWelq

このように思うきっかけは、やっぱりDeNAのWelq事件。あれは、ずっとモヤモヤしていたことが明確になった。3時間のDeNAの会見も全部見たし、SEO関連の人たちが書いた記事やブログもたくさん読んだ。

事件の当事者であるDeNAやSEOの専門家たちの記事を読んで、私がかかっていた「呪い」の正体がわかったように思う。

それは、わかりやすさだったり、成果だったりを求め続ける雰囲気。求め続けることはまったく問題ないし、仕事では必要である。私も仕事では実践しようと思っている。

しかし、自分の個人で楽しむブログにそんなのは必要なのだろうか。

ターゲットは自分

それで、このブログを自分のために書こうと。ターゲットは自分して、自分が読んで楽しいと思うもの。自分がワクワクドキドキするもの書こうと。

自分はどんなことが好きで楽しくて、ワクワクドキドキするのか。ブログを書くことで、それがわかってくる。今わかっているのは、アクセスを集めたり、考えや文章を書いて他人から尊敬されたいとかは思っていないんだということ。音楽、映画、本などが好きなんだということ。

そんなことはわかっていたつもりではあるが、自分がワクワクドキドキすることは何か?という問いを作らないとわからなかった。自分というのは難しい。すごく、ふわふわ漂っている。

そして、ブログを書く時間が長くなってもそれほど気にならなくなった。自分が何に対して楽しいと思い、ワクワクドキドキするのか。それがわかるというのは、すごく重要で、仕事の質にも影響してくるように思う。読み返すことも増えた。

今後、人に伝えたいなと思うことが書けるようになったら、またシフトチェンジしたら良いと思うし、Mediumとか使って外に向けて書いたらいいと思ってる。とにかく、今はその段階ではない。

ちなみに

じゃあ、手帳とかEvernoteとかに書いたらいいんじゃないかと思うでしょう。

けど、手帳やEvernoteだと緊張感もないし、書いたものに対して責任が薄くなる。ブログを公開するときのドキドキ感も重要に思ってる。

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