バッグインバッグはバッグ

「男は顔じゃねぇ 中身だ!」という歌詞を突然思い出した。

それは、総武線で飯田橋に向かっている途中の出来事であった。

中身が大事、、、さまざまな切ない思いをかき消してくれる甘い言葉である。

中身なんて誰にもわからない。自分でさえわかってないはずだ。

これは自分の中身が良いものであるという前提にしている。私の中身はステキだから外見ではなく中身を見てくれ、そんな感じであろう。

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本当に中身なのか

本当に中身なのだろうか。

斉藤和義の名曲「君の顔が好きだ」にはこうある

君の顔が好きだ 君の髪が好きだ
性格なんてものは僕の頭で
勝手に作りあげりゃいい
君の肩が好きだ 君の指が好きだ
形あるものを僕は信じる

形あるものを僕は信じる。

強い言葉だ。歌詞の全体を見たらここだけピックアップするのは良くないが、耳に残るフレーズだ。

日々変わる

彼女だったりのパートナーが中身で判断したところで、中身なんて自分も相手もどんどん変わる。日々変わる。

中身というのは性格ではなく「価値観」のことなのだと思う。

価値観であれば私は理解できる。私はパートナーでも仕事を一緒にする人でも価値観を気にする。

私が基準としているのは、「かっこいい」と「かっこわるい」が似ているかどうか。そこが似ているとその人とは気が合うように思う。

外見でも判断できる。

外見には、年を重ねるとにじみ出てくるものがある。意識はしてなくても、表情とか時間をかけてできた、顔のしわとかで中身が見えるように思う。

閑話休題。

総武線哲学

本題に入ろう。

今日、総武線の中でバックインバックをそのまま持っている人を見た。

おそらくパソコンを入れる用のバックインバックだと思われる。ものすごく薄い。素材はメッシュ生地でおそらくかなり軽い。

彼は、手荷物をコンパクトに運ぶ以上のことをバッグに期待をしていないのだろう。袋状の何かで、それに取っ手がついていればそれで良いのだろう。

彼の持っているバッグインバッグは彼にとっては外見である。しかし、私にとっては中身である。

彼のバッグに対して、「男は顔じゃねぇ 中身だ!」と言ってあげたい。しかし、私にとって彼のバッグインバッグは外見ではなく中身だ。もう中身で判断できてる。

できれば、外見を用意してほしい。それから中身の話をしよう。中身だけでは困る。

総武線の中で思いもかけず「哲学」が私に降り注がれた。

バッグインバッグはバッグ

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