矛盾を受け入れる

最近、Apple Musicにしたのでいろんな曲を聴いている。10年間以上、音楽をヤメていたので、その10年を埋める作業がたいへんです。私の心にある音楽スポンジはカラカラのままです。

音楽をヤメていたのは、仕事をがんばろうと思って。。。「仕事をがんばるとしても、音楽くらいは聴けるでしょ」と思うかもしれない。けど、当時の私は音楽が自分をダメにしているんだと思っていた。

仕事をがんばるためには、音楽を捨てなければいけないと本気で思っていた。何かを始めるためにあえて何かを捨てる、というエピソードはよくあることだが、そんなに時にいつも頭の中に流れるのは、真心ブラザーズの「拝啓、ジョン・レノン」。

ジョン・レノン
今聴く気がしないとか言ってた三、四年前
ビートルズを聴かないことで何か新しいものを探そうとした
そして今ナツメロのように聴くあなたの声はとても優しい
スピーカーのなか居るような
あなたの声はとても優しい

そう。

大大大好きなものをあえて止めることで、次に進めるように思ってしまう。なんか、好きなことを止めたり、捨てたりするインパクトが大きいから何かをやりきった感が出てしまう。実際はただ止めたり、捨てたりしただけで何も変わっていないんだけど。

私はこういうことが本当にたくさんあった。いや、今もよくある。癖と言っていい。けど、今の時代は、何も止める必要ないし、捨てる必要もない。全部、同時にやればいい。そう思っている。

ただただ、だらだら

真心ブラザーズと言えば、私の中でもう一つ大事な曲があった。

それは、「勝訴」というアルバムにはいっている「ただただ、だらだら」という曲。調べたら1990年11月に発売されているみたい。なので、私は高校1年生だと思う。

真心ブラザーズの1枚目のアルバムがかなり良くて大好きで、期待を裏切らない2枚目のアルバム。「荒川土手」という名曲もあって、東京に来て荒川土手に立った時はBGMで頭の中で流れてた。

その「ただただ、だらだら」という曲の何が私の心に残っているのかというと、それは歌詞。大阪の隅っこで暮らしている普通の高校生にはまったくない世界がその曲にはあった。

私は結果やなりゆきがほぼつかめてからの
それに合うような自分のポリシー作りが得意です
ですから私は一貫した主義主張などなく
矛盾はすかさず肯定します。なかったことにもします。
まじめにものを考えて追求してゆくことに
とても恐怖を感じます。たやすい時代につくられた
私のひよわな精神と肉体は矛盾という本棚を
整理してゆく苦行にはもちそうにありません。
ですから私は心をあまり使わないように
何も考えないようにしようとおもいます。
ただただ、だらだら、責任も自由もほどほどに
ただただ、だらだら、めんどうくさいことしないでゆるやかに

当時は、なんかよくわからない感情に襲われた。理解しようと思っても難しかった。単純に歌詞を読むと世の中を批判しているように感じる。けど、違う。

40才を過ぎた今、この歌詞を読んでもうまく整理できない。

ただ、うまく理解できないのは「矛盾」という言葉にあるのかなぁと思う。生きていると常に矛盾にさらされて、そこにウジウジしているとうまく生きていくことができなくて、けど矛盾を無視していると生きている気がしなくて、、、。

もう矛盾してる(笑)。

今、このブログを書きながら、この行まで書き進んできてちょっと見えたことがある。

それは、「矛盾を受け入れる」ということかな、と思った。高校生の私がなんかよくわからない感情に襲われたのは、「矛盾を受け入れる」ということかもしれない。

私が当時聴いていたロックという音楽は、だいたい「正義」という立場から一方的に自分の「正義」を誰かを押し付ける歌詞が多かった。しかし、この歌詞はそうじゃない。その視点に当時の私は新鮮さを感じたのかもしれない。

その視点を得たことは、すごくよかったように思う。今聴いても、良い曲で、良い歌詞だな、と今でも思う。

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